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2013年11月

2013年11月11日 (月)

魔法少女まどか☆マギカ 新編・叛逆の物語

Mm800

先週に続いて、美浜7プレックスで2回目を観てきた。上映中の作品を2回観に行ったのはこの映画が初めてだ。衝撃はやや薄らいだものの、内容の素晴らしさ、狂気渦巻く圧巻の映像表現は変わることもない。上映前に、先週はファイヤー・シスターズに、今週は真宵ちゃんにネタバレ注意を受けたので、以下の記述、映画本編未見の方はご注意を。
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初めてまどマギを見るという人には、よくわからない内容だったと思う。前回の劇場版2作『はじまりの物語』『永遠の物語』を一度見ておけば問題なし。ということは、前回の劇場版が面白いと感じられなかった人は『叛逆の物語』を観ても全然面白くないだろう。TV版も同様だ。新登場のなぎさは、うーん、正直必要ないんじゃないかと思うけど(ほむらとマミがドンパチ始めるきっかけにはなったものの、ストーリーに影響を与えるような存在ではないから)、ネットではお菓子の魔女・シャルロッテの正体があれこれ取り沙汰されていたのを、せっかくなので公式化したのかな。これもファン・サービスのひとつってことで。
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まさしく初っ端から「これが見たかったんでしょ?」と言わんばかりのファン・サービスの連続だった。5人が連携して戦う魔法少女たち、平和で楽しい学園生活、突如始まるガン・アクション、黙示録の描写さながらに一瞬にして崩れ去る日常と偽物の世界、火車を暗示するかのような燃えるバス、個人的には最も衝撃的だった魔女化するほむら(その姿があまりにほむらの心情ドンズバすぎて、よくまぁこれほど的確に少女の内面世界を映像化したものだと驚嘆)、ほむらを救うために「円環の理」から使わされた使者・さやかの活躍、そして…。
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まどかによる救済ではなく、神と人間のまどかを分離して人間のまどかだけを我が物とすることを選んだほむらだったが、ほむらは自らの手と意思で再構成した新しい世界に入り込めない。「悪魔」と自称する彼女は、それが虚構だと知っているからだろうか。理想郷であるはずの「銀の庭」のまどかは決してほむらの思いどおりになってはくれず、「まどかと二人で手をつないで歩く」というささやかな望みさえ叶わない。「ルールを勝手に変えるのは良くないと思う」と言い飛び立っていこうとするまどかに、ほむらは、まどかから貰ったリボンでまどかの髪を結い、目に涙を浮かべながら「やっぱりあなたのほうが似合う」と呟くしかなかった。まっぷたつになった世界で、ほむらは1人、自分の心を相手にダンスを踊る…あまりにも哀しいラストシーン。最後に、固く閉じられた窓が闇に浮かび、消え、終幕。
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この世に存在する・した魔法少女すべての救済を望んだまどか、まどかただ1人を救いたかったほむら。『はじまりの物語/永遠の物語』は前者を、『叛逆の物語』は後者を描いたドラマだった。単純にどちらが良い悪いという二元論に着地しないのがまどマギのまどマギたる所以だろう(自分の欲望を貫いた結果とはいえ、災厄の源でありまどかの制御をも目論んだインキュベーターを人類から遠ざけたほむらの功績はきわめて大きい。同時に、まどかが命の代償に作り上げた魔法少女救済システム「円環の理」は不要となってしまうのではないか、等々、善悪が混在した複雑な世界を形成している)。見る人によって様々な考察、解釈が行える余地が残されているわけだ。
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まどマギ劇場版、前回の上映からおよそ一年。あれほどキレイに完結した物語の続編を一体どう作るのか?観に行こうかどうか、迷った。迷いに迷って、他人がどのような評価をしようとも自分の目で見なければ始まらないという当たり前の結論に達し、観に行ったわけだが、思い切って観て本当に良かった。終わっても声が出なかった。絶句(場内もシーンとしていた)。こんな映画は滅多にない。軽々しく言う言葉ではないが、やはり十年に一度の傑作だ。
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おまけで貰ったフィルムは、二つ並んだ椅子でまどかが立ち上がっているカットだった。最後のシーンに繋がる重要な場面なので、自分的には大当たり(ラストは、まどかがいた側の椅子もろとも世界が半分なくなっている)。エンディングで不安定な線画で描かれた、手を取り合って走り去ってゆく2人の少女の姿こそ、ほむらが夢見た世界だった。しかしたったそれだけの願いも、悪魔になろうが宇宙の法則を書き換えようが決して叶うことはなかった。人の心まではどうにもできないのだ…。

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