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2017年9月

2017年9月 7日 (木)

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

U8

シネマ・ライカムで「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を観てきた。箱の音響があまり良くなかったけど、映画本編は良かった。これがそんなに興行収入が振るわない映画なのか?というのが正直なところで、とてもわかりやすく良い内容だった。

------------以下ネタバレ------------

母親の再婚とともに夏休み中の引っ越し&転校が決まったなずなは、気持ちの整理がつかず、しかしクラスメートにも言えず悶々。自分に好意を寄せる男子の存在に気づいてはいたが、向こうから何かアクションがあるわけでもなく、何も変わらぬ日常。
夏休みの登校日、プールでたまたま顔を合わせた男子二人、その片方に特に思い入れもないのだが、今夜花火大会に一緒に行こうと持ちかける。なずなは事前に、プールで競争して勝った方を誘うと自分で決めており、主人公・典道が勝ったらいいなと思っていたのだが、結果はご覧のとおり。
なずなは気乗りしないながらもとにかく家に帰って浴衣に着替えて、旅行用のトランクに荷物を詰め込んででかける。典道の家にではなく、プールで勝った典道の友人・祐介の家に、だ。プールでのターンの際、足をぶつけて怪我をした典道は、祐介の家(医者)へ治療に訪れる。祐介は家に戻らずにそのまま他の友人達と花火見物に出かけてしまう。なずなに花火を見に行こうと誘われたのに、なにか照れくさいのか、すっぽかしたわけだ。
祐介の家で鉢合わせしたなずなと典道は、そのまま外へ出て歩く。なずなが大きなトランクを引いていることに気づく典道だが、そのときなずなの母親が家出を知って連れ戻しにやってくる。なずなが母親に引きずって行かれるのを典道は呆然と見送るだけで、何もできないのだった。
そこで思わず典道は、なずなが海で拾ったというガラス球をぶん投げる。すると、「ここでこうしたらよかった」と彼が思う時点に世界が戻る。うまく足をぶつけずにターンを決め、プールでの勝負に勝った彼は、なずなから花火を見に行こうと誘われる。「え、なんで?」祐介の時は「好きだから」と言っていたなずな、典道の時は「勝ったから」という理由を告げるのだった。
約束の時間、なずなは典道の家にやってくるのだが、典道の部屋には祐介が一緒にゲームをしている。どうする?適当にはぐらかして、典道はなずなを自転車に乗せて家を離れる。それに気づいた祐介は大いに悔しがるのであった…あれ?自分の時は約束すっぽかしたくせに?
駅に辿り着いたなずなと典道は、なずなに駆け落ちしようと迫られる。急にそんなこと言われたって何の準備もしてないし無理なんじゃ、と戸惑う典道だが、そこへなずなの母親とその再婚相手の男が駆けつけ、典道は殴り倒されてなずなは連れ戻される。
ここでまた時間が戻って、今度は典道は男のパンチをかいくぐり、なずなと電車に乗り込むことに成功する。しかし、電車に乗っているところを踏切を通過する時に友人たちに見られ、線路沿いにクルマで追いかけてくる母親にも見つかってしまい、次の駅で追いつかれる。なずなと典道は灯台へ逃げ込むが手詰まり状態。そこでまた時間が少し戻って、今度は踏切でも線路沿いの道を走るクルマからもうまく姿を隠して逃げおおせる。なずなと典道は2人だけの世界へ。
夕闇が迫る海の上を走る電車の中、典道はなずなに「やり直した」ことを説明するのだが、なずなには何のことなのか理解できない。夜の海、なずなは下着になって泳ぐ。一瞬沈んだなずなを追って典道も海の中へ飛び込む。ここで、ようやく2人はお互いの心の中を知ることができたのだった。
夏休みが終わり、朝の出席をとる先生。なずなの名前は呼ばれない。典道は今日は休みなのか、返事がない。

…で、終劇。

僕は、最初の「やり直し」になった時点で、これは主人公の心象風景なのかなと思っていた。ヒロインの家庭事情がわかると、彼女が相手なんてだれでもいいと自暴自棄気味になっているように見えるし。まぁ全体を主人公の心象風景を映像化したものと捉えてもいいのだが、本当に時間をやり直している、と捉えたほうが漫画らしい。
ポイントポイントで出てくる花火のシーン、平らに広がる花火、花びらのように展開する花火、そんなものは現実にはあり得ない映像で、つまり、現実ではなく幻想だ(登場人物たちもそう言っている)。だがこれを、単に主人公の心象風景にすぎないと切り捨てるのは少々つまらないではないか。あるいは意地が悪すぎるというか。
現実には起こりえないことを描けるからこその漫画。時間は寸毫も巻き戻りはしない。それはわかっている。なずなの見せる素晴らしい表情は典道の彼女に望む姿にすぎないと、そう考えるのはあまりにも現実的に過ぎる。僕がもう歳を取り過ぎたのかもしれないけど。
典道は「ああすればよかった」という強い思いによって、謎のガラス球によって、やり直しをすることができた。しかし、中学1年生にとってやれることには限界があり、それがこの物語を現実に繋ぎ止めている枷でもあったのだろう。オトナに対して何の力も持っていないコドモにすぎないという現実。東京に2人で行って暮らそう、年齢をごまかして水商売でもやって。そう話すなずな自身にもそんなことは不可能だと分かりきっていた。それでも、一緒に行こうと行ってくれる相手が欲しかった。それが典道だったら良かったと彼女は思っていた。そう、典道が「やり直し」することで、なずなもまたやり直せていたのだ。こうしたい、こうありたいと思った未来へ、なずなも進んでいったのだ。

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